徒然ナル駱駝
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一寸の虫にも五分の魂
注意:お食事中には読まないでください
やばい!
もうこんな時間だ。
だぁ!
なんでもう5分早く起きなかったんだ!
S野さん、もう電車に乗ってるかも。
あー、髪の毛ぐちゃぐちゃだよ。
もう、いいや。
「行ってきます!」
クシャッ!
あっ!
何か靴に入ってた!
また、枯れ葉が入ってたんだ。
ったく、外に置いておくといろんな物がはいるんだよなぁ。
いいや、あとで取ろう。
ダッシュ、ダッシュ!
「上り列車が参ります、黄色い線の内側まで下がってお待ちください」
うわー、電車来ちゃうよ。
切符、切符。
ガタン、ガタン、キィー
プシューッ、バンッ!
「タラララーン、タラン!ドアが閉まります、閉まるドアにご注意ください。」
どーっ、待ってくれー、乗せてー!
はぁ、はぁ、ふぅ。
間に合った!
「駱駝さん!」
「あ、S野さん!乗り遅れるかと思ったぁ!よかったぁ。」
「よかったぁ、来ないかと思っちゃった。」
「ごめんねぇ」
本当に危なかった!
3組のS野さん、実はよく知らない人だ。
同じクラスになったことないし。
生徒会やってるんだよな。
頭よさそうだし、大人びた顔してるし。
小学校も違ったし、最寄駅も違うんだ。
今日はそんなS野さんと高校見学に行く。
この子、アホじゃんって思われたらやだな。
今日一日すましていこう。
「A駅に着いたら、○番の東武バスに乗るんだって」
「ふーん」
そうそう、I高校はお姉が卒業した学校だから、よく聞いてきたのだ。
まかせてくれS野さん!
片道約1時間半。
遠いぜ!
こんなん、毎日通ってたのか、お姉は。
バスを降りたら、一番手前の校舎、右側が事務局。
ここであいさつをすれば案内してくれるって聞いた。
「こっちだね」
「スリッパ借りていいのかな?」
「いいんじゃん?履き替えちゃおうよ」
「そうだね」
靴ぬーごおっと!
ゲッ!
「駱駝さん、どうしたの?」
「ううん、何でもない、ちょっと、先に聞いてきて!」
「オッケー!」
やばいやばいやばいやばいって!
白い靴下に虫の足が付いている!
恐る恐る足の裏を見ると、
おえーっ!
何じゃこりゃあ!
黒い粉々の虫の部品とヘンな色の汁がかかと一面にくっついてる。
うわぁ、これ羽の部分だよぉ。
まずいまずいまずいまずいって!
こんなんS野さんに言える?
実は家から1時間半、ずっとゴキブリ踏み続けてきましたって!
こういっちゃあ何だが、中学校では私もマジメ人間で通っている。
私は鼻歌一つ歌わないと思っている人もいるくらいだ。
制服だって違反一つない。
部活では弱小とはいえ部長をやっている。
成績だって数学を除けば、クラスで一桁の順位だ。
どちらかといえばオカタイ部類に入ると我ながら思う。
小学校のころのウカレポンチ突き指事件など、今の私からは恐らく想像もできまい。
そんな私が、だ。
明日からゴキブリ女と言われ、後ろ指さされるのは耐え難い屈辱だ。
何としても、S野さんにばれてはならない。
「すぐ案内してくれるって!」
S野さんが呼ぶ。
「そう?よかった!」
本当は、よくねぇっつーの。
「駱駝さん、どうしたの?」
「ん?何でもない、何か靴に入ってたみたい。すぐいくよ!」
とにかく、だ。
このブツを何とかせな。
おもむろにティッシュを出して、ひろげ、靴を逆さにする。
トントンとすると、足とか羽とか触角とか、もう何やら、ぐちゃぐちゃしたのがいっぱい出てきた。
おえーっ。
なんで、お前は私の靴の中なんかにいたんだぁ!
靴下にもヘンなシミができちゃったじゃん!
靴は一番すみに並べ、ティッシュは丸めて近くのゴミ箱に捨て、靴下のシミが見えないようにつま先をちょっとひっぱってズラしてからスリッパを履いた。
そうして何食わぬ顔で広い校内をひたすら歩き。
たまにズレてくる靴下を気にしながらS野さんの後ろを歩くよう、こころがけた。
作戦はうまくいき、だれも私の足元を指摘する人はいなかった。
靴を履いてしまえば、もう怖くない。
本当は怖いけど、人にはばれないで済む。
そうして気持ち悪さをひたすら隠して家路を急いだ。
家につくと速攻で靴下を捨て、靴を洗った。
帰るなり何やらゴシゴシしている私に母が「何してるん?」と問うた。
「靴にゴキブリが入ってたんだよぉ、葉っぱだとおもってそのまま履いちゃってぐちゃぐちゃになってたんだよう。」
「なーに?ゴキブリ入ってたん?やっだぁ」
「私だってやだよー、ぶー」
とふてくされつつ靴を干した。
その後。
S野さんは推薦入学であのI高校に受かり、私も一般入試でスレスレ合格し、晴れてI高生となった。
同じバス通学のよしみでS野さんとは何でも話せる間柄となった。
私は高校では成績も決してよいほうではないので、吹っ切れた。
もうオカタイ駱駝でいる必要もない。
我が家が如何にボロ家であるとか、ウチがどんなに田舎であるとかが笑いのネタになるのでおもしろくてたまらない。
ある雨の日の学校帰り。
学校発のバスがないので近くのバス停までS野さんと歩くことになった。
「S野さん、今だから言える怖い話、してあげよっか?」
「なに?」
「事務局のスリッパあるじゃん?あれね、一足だけ、ゴキブリの体液付いてるんだよ、知ってた?」
「なにそれ?」
「中学んときさ、S野さんとウチ高校見学しにきたじゃん。あんとき靴の中にゴキブリ入っててね、でも、S野さんに嫌われると思って言えなかったんだよぉ」
「うそぉ?まじで?おかしー!」
「まじ!おかしーでしょ?でも、怖くない?何百、いや、何千ってずっと踏まれてたんだよ、ゴキブリ」
「生きてたの?」
「わかんない。多分私が殺した」
「いやぁ!」
「いやでしょ?」
「ひゃっ、はっはっはっ!」
「おかしー!」
何故かムショウにおかしくて、雨のなかうずくまって二人で腹を押さえて笑いましたとさ。
あの頃ってなんでもおかしかったよなー。