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徒然ナル駱駝
できることなら一生、お近づきになりたくないところ、それは医者。
とくに歯医者。
神経に触れる、あのイタッ!っていうのがイヤ。
「痛いときは手を挙げてください」って言われたって、どうせ「はい、痛いですね、もう少し我慢してください」って言われるだけだし。
しかも歯医者ってよくわからない。
場所によって値段もけっこう違うし、保険がきくだのきかないだの、素人の患者は言うなりになるしかない。
患者だけでない。
助手の女の子たちも不慣れな子がビクビクしてる医院なんかもある。
手際の悪さに先生がイライラしてたり、しまいにゃ説教が始まって、私のほうがどうしていいんだか困ってしまう。
「けんかをやめてぇ〜、私の歯のために争わないでぇ〜」ってヘンに気を遣ってしまうのもヤダ。
そんな歯医者さんの中でも思い出深い先生のお話をしよう。
私が子供のころ、通っていた歯医者のことである。
そこは親子二代でやっているのだが、私のかかりつけは大先生と呼ばれるジジサマであった。
今はきれいな医院だが、その昔は古くさい、いや、なかなか風情のある建物であった。
なんだか植物に囲まれた感じの入り口は薄暗く、この引き戸の前に立っただけで、おうちに帰りたい度数、45%。
ガラガラっと戸を開けると、一段高くなった板の間の待合室がある。
左右に長椅子があり、真ん中には火鉢があったりする。
古めかしい照明のその向こうには受付がある。
壁には人の顔ほどの四角い穴が開いており、そこが窓口となっていた。
そおっと覗くと待合室以上に暗い室内にスタンドの明かりが見え、そこでなにやら作業をしてる人がいる。
受付のおねえさんの後ろの棚には白い歯型がたくさん並んでいる。
子供でなくともかなり怖い光景であった。
おうちに帰りたい度、68%ぐらいにまで上昇する。
ドキドキして待っていると、ドアの向こうからモノすごいドリルの音が聞こえてくる。
おうちに帰りたい度75%。
そしてついに、古めかしいドアが開いて「らくださん、どうぞ」と呼ばれるのである。
80%。
手前には大先生の診察台、奥に若先生の診察台がある。
壁際でカルテに何やら書き込んでいる白衣の老人がその大先生である。
袖口にゴムの入った前合わせの白衣。
マスクもゴム手袋もなし。
窓際には得体の知れない薬品やアルコールランプが並ぶ。
これを見て82%ぐらい。
壁に向かったまま、ちょっとしゃがれた声で大先生が言う。
「はい、座ってぇ」
椅子はあくまで椅子で、床屋さんのように座ったまま治療を受ける。
だから私が「お願いします」と言って座るとジジサマが後ろにまわり、キコキコとペダルを踏む。
すると徐々に椅子が上がっていく。
原田宗典の『我輩ハ苦手デアル』の歯医者さん、そのまんま。
まさに、じじぃがキコキコ、椅子がパコパコって感じである。
診察台もかなりの年代モノ。
大先生が開業したときは最新型のマシンだったのだろう。
昭和初期の扇風機みたいな色で、その音たるや身近に聞くと凄まじいかぎりである。
ぎゅおおおおーんと身の毛もよだつ音だ。
勉強机の電気スタンドみたいなアームが何本もついているその形相もいかめしい。
「甘いもん食べて、歯、磨かないんじゃろ?ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。」と言い「めっ」って顔をする。
異様にでかいライトがグワッと向けられると、もう、「おうちに帰りたい度数」は一気に100%まで上昇。
ドリルを手にジジサマがのしかかってくる。
ぎゅおおおーん、ぎゅお、ぎゅお、うぃ〜ん。
神経にさわって、うおーっとなって顔をしかめると、なんとジジサマ自作の歌で励ましてくれる。
「ら〜く〜ださ〜ん、ガンバッテッ!ホレ痛い痛い、あと少しっ!ほいっ、よくがんばった」
これがオカシイのだが笑いたくても痛いし、この状況では笑えなくて、苦しい。
ツバを吸い取る装置なんて存在しないし、助手のおねえさんもいない。
だからツバが溜まって、もう満タンですぅとなると、
「はい、ゆすいでぇ」
と言われて金属製のコップで口をゆすぐのである。
そうしてそれを繰り返し、一段落すると、ジジサマは窓際で何やら練り始める。
すり鉢の中で肌色の物体を練る、練る、練る。
手に合わせて、なにげに体全体がリズムを刻んでいる。
その物体をプラスチックのスポイトのような道具にペコッペコッと詰めて戻ってきた。
「はい、くちあけてぇ」
私の歯に詰めるはずのその物体を口に近づける。
すると、ここで事件発生!
その物体が私のアゴを直激!
めっちゃ、私、アゴに何か付いてる!
しかし先生は気付かんままだ。
そのまま歯にスポイト状のものを寄せる。
そこで先生も気付いた。
「ほっ?どこ行った?」
先生は不思議な顔をして周りをさがし始めた。
どうしよう、教えてあげたほうがいいのかな?
うわっ、まだ探してる。
言いたい!でも迷っているうちに今さら言えなくなってきた。
子供ながらもちょっと気まずい。
口を開けて構えたまま、心の中で「先生、アゴについてますぅ」と叫ぶにとどまった。
首をかしげながら、後ろを向いた。
ジジサマはまた窓際で練ることにしたらしい。
また、ジジサマがリズミカルに練りはじめた。
今だ!
手を伸ばしてアゴの物体をつまんでハンカチの中に押し込んだ。
これで何にもなかったことになる。
やれやれ。
こんなことがありながらもしばらく、この先生にお世話になり続けた。
つーか、ここしか知らんかった。
大学に入ってたまたま歯医者の話になると、よその歯医者の最新機器に驚いた。
なんと、まず、初診の患者はレントゲンを撮ってくれるという。
レントゲン?
んなものは見たごどねぇっす、ってな感じよ。
それは画期的ではないか!
いいなぁ、私もレントゲン撮ってもらいたーい!
しかも、あの仰向けで寝そべってやるスタイルに常々あこがれていた。
ツバをじゅるじゅると吸い取る装置も体験してみたかった。
歯磨き粉味のガムのようなので歯型も取ってもらいたかった。
そこで友人に紹介してもらい、都内の歯医者さん初体験にチャレンジした。
「では一番右の台にどうぞ!」
ときれいなおねえさんに案内されて診察室に入ると、窓に向かってなんと、3台もの診察台があるではないか。
それでもって、そのおねえさんに何やらやってもらっている人もいる。
なんじゃ?助手の人たちも何かしてくれるらしい。
おードキドキ。
先生はまだかいな?
ま、とりあえず座って待てというから座っとこ。
ヨイショっと。
ひまなので何とはなしに椅子を左右にねじりながら、まだかなーと待ってると
先ほど案内してくれたおねえさんが振り向いて笑いをかみしめて言った。
「らくださん、そこは先生の椅子なのでこっちにお願いします。」
にょーっ!はずかしーっ!
そうじゃん、よく見ればここは先生が治療するとき掛けるとこじゃん!
だって大先生は立ったまま治療してたから、先生の椅子ってのがあるとは思わんかったんだもん。
田舎もん、まるだしじゃ!
おうちに帰りたい度、一気に95%だ。
「すっ、すみません!」
とあわてて席を立とうとして、今度はその椅子の足にけつまづいた。
ガシャッと音が立ってよろめくと
「大丈夫ですか?」
とまたおねえさんたちの注目を浴びてしまう。
のーぉっ、恥ずかしさ1.5倍!
やっぱり、歯医者には、おうちに帰りたくさせる魔物がひそんでいるに違いない。
くわばら、くわばら。